EUの共通語になるべき言語はどれか?

EUがどの言語を共通語にするか決めれば(遅かれ早かれそうせざるを得ませんが)、加盟国からどこかの国の言葉をひとつ選んで共通語とするのは納得のいく選択とは思えません。なぜなら、言語のもつ力は他のあらゆる領域の力をも拡大させるからです。

もしエスペラント語がEUの共通語に選ばれたとしたら、EU市民の間に、かなり高い水準の言語学的公平さをもたらすでしょう。さらに注目すべきことは、エスペラント語が他のすべての言語と文化を守り伝えていく機能を備えている点です。多様な文化が存在する世界と、ごく少数の文化しか存在しない単純な世界と、みなさんなら将来どちらを望みますか。

エマ・ボニーノ(Emma Bonino)は、ヨーロッパ委員会に顔を並べるイタリアの政治家です。彼女はある雑誌のインタヴューで、共通語の不在がEUの経済成長を阻んでいると述べています。また、中立言語は文化の多様性と少数派言語を保護できるという利点を備えており、様々な研究結果が示しているように、エスペラント語は言語習得にかかる時間を短縮することができると高く評価しています。

連帯

EUは世界の貧しい国々と連帯して、中立的な言語であり、しかも簡単に学べる共通の実務言語を選ばなくてはいけません。英語は文法もスペルも複雑で、発音に至ってはもっと複雑です。教師には高い能力が要求され、非常に長い学習時間を要します(だからたくさんお金がかかるのです)。

世界はますます小さくなっています。EUが共通の実務言語を選ぶためには、国境を越えてEU以外の国々にも目を向けなくてはいけません。例えどの言語が選ばれたとしても、その決定はEUの中だけでなく、EU以外の世界中の国々にも大きな影響を与えるでしょう。今日の世界では、言語の異なる地域同士がコミュニケーションを図るための共通言語が必要とされています。世界はますます複雑になり、とりわけ国際的な情報のやりとりが急速に増加しています。

EUは世界経済において、ますます重要な位置を占めるようになりました。EUが共通の実務言語をもつと決め、EU内のどの国の学校教育にもその言語が取り入れられたとしたら、一躍世界の言葉となり、国連の公用語として採用されることになるでしょう。

正しい決定を下さなければ…

実務言語として、エスペラント語以外に今現実的に考えられる言語は英語です。もし英語が選ばれたら、イギリスやアメリカがヨーロッパ生活文化に(そのほかの文化にも)与える影響をさらに助長し、多くの少数派言語の存続を脅かすことになるでしょう。そうして、簡単に影響を受け、順応してしまうヨーロッパや世界を築いてしまうことになりかねません。そのうえ英語は、ヨーロッパ人でさえ、EUの各機関で論議にあがっている内容についていけるほど英語を使いこなせたり、会議の議事録を理解できたりする人はほとんどいないという、難しい言語なのです。しかも、英語はヨーロッパ人が思っているほどには、有力な国際語ではないのです。

みなさんは、多様な文化が存在する世界を守りたいと思いますか。色々な文化が影響し合い、刺激し合い、発展し合う世界を守っていきたいと思いますか。

なぜ中国語ではだめなのか

こういった議論にもかかわらず、それでもやはりEUが一国の言語を共通語に選ぶとしたら、一体どの言語になるでしょうか。選ばれた言語は、EU中の学校の必修科目になります。学校に通う子ども達に、二つも三つも外国語を勉強させるわけにはいかないのですから、選ばれる言語は国際的に有効な言葉でなくてはなりません。中国は飛躍的な経済発展を遂げつつあり、その人口はもうすぐ13億人に達します。13億人とは、イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア全部を合わせた人口に匹敵します。ほかのどの言語よりも、中国語を話す人の数が上回るのです。

今後50年以内に、もしかしたら中国が世界最大の経済大国になっているかもしれません。2002年、中国は実に7%という経済成長率を出しています。それでも将来、中国人が、私たちヨーロッパ人に英語で話しかけてくると思いますか。では、EUの共通実務言語に中国語を選んでみるというのはどうでしょうか。巨大な市場をもつ中国と、将来的にEUに利益をもたらす有望な貿易関係を結ぶことができ、長期的にはいい政策かもしれません。もしくは、中国側に半分歩み寄るというのはどうでしょうか。今日の中国は、エスペラントに肯定的な態度を示しています。エスペラント語が教えられていたり、エスペラント語の雑誌が発行されたり、ラジオではエスペラント語の定期番組が放送されたりしています。しかし、はたして50年後も、彼らがエスペラント語に対する興味を失わないでいてくれるでしょうか。

植民地時代の重荷

多くの人は世界の共通語として英語に期待をよせていますが、彼らは、絶対に英語が共通語にはなり得ないという現実を認めなければいけません。まず、英語があまりに難しい言語だという理由があります。また、スペイン語圏、フランス語圏の国々は、絶対に英語を共通語として受け入れないでしょう。また他にも、インド、アラビア語圏の国々、南アメリカの人々は英語に対して否定的です。これらの言語圏の国々は、未だに植民地時代の重荷を引きずっているのです。また、英語には様々な種類の英語が存在します。それらの英語のうち、一体どれを選べばよいのでしょう?オックスフォード英語でしょうか。しかしオックスフォード英語は、イギリス全人口のたった3~5%の人々にしか使われていません。では、英語話者の最も多くが話している一般アメリカ語にするべきでしょうか。この二つを別にしても、英語にはまだまだ様々な種類の英語があり、それぞれスペルや発音が違っているのです。

通訳として働いているイギリス人男性に聞いた話ですが、二人のどちらもが英語を話せても、その二人がお互いに理解し合えているかどうかは、誰にもわからないのだそうです。

誰もが優秀な言語学者というわけにはいかない

世界の共通語に英語を推し進めている人は、おそらく英語を母語とする人たちでしょう。そうでなければ、英語が本当はとても複雑な言語であるという事実に気づいていない人か、すでに英語に莫大な労力を費やしてしまい、今さら別の言葉を勉強するのはこりごりだという人、または普通の人にとって、言語を学ぶということが自分が思うほど簡単ではないことに気づいていない言語の天才ぐらいでしょう。

西ヨーロッパ6カ国で行われた調査結果によれば、一般的な難易度の英文を十分に理解できたのは、全体のたった7%にすぎなかったそうです。


© Hans Malv, 2004